2019/03/29
小説宝石
『トリニティ』新潮社
窪美澄/著
一九六〇年代から八〇年代、雑誌カルチャー華やかなりし時代に、その人気を牽引した雑誌を次々と創刊した潮汐(ちようせき)出版。のちにログストアと社名変更した出版社で働いていた三人の女性たちの、三通りの人生を軸に、昭和史を絡ませつつ物語は進む。
無名の新人ながら六四年に創刊された伝説の雑誌『潮汐ライズ』の表紙イラストレーターに抜擢され、早川朔という名を確立していく藤田妙子。佐竹登紀子は、三代続くもの書き家系の裕福なお嬢様。浮き草稼業と自嘲するが、人気雑誌の文体を発明した名物ライターへと成長する。宮野鈴子は戦後のサラリーマン家庭に育ち、出版社の事務から専業主婦の道を選ぶ。
中年期にさしかかる中で、彼女たちは幾度も人生の岐路に立たされる。仕事や社会に抑圧されていた昔の方が、生き生きと生きていたように見えるのは、皮肉な話だ。女性の時代と言われ、もてはやされている現代はむしろ女性たちは道を狭められ、生きにくくなっている。それを象徴しているのが、登紀子の晩年であり、鈴子の孫の奈帆だ。かつては研究者である夫の生活も支えていたほど稼ぎ手だった登紀子も困窮し、奈帆は、祖母の鈴子のような仕事に憧れ小さな出版社に潜り込むが、そのブラックな体質に押しつぶされ体調を崩している。その奈帆が鈴子に紹介してもらい、登紀子に半生を語ってもらうことに。やがて、世捨て人だった登紀子にも自分に自信が持てなかった奈帆にも変化が起きていく。
本書で描かれるのはこの五十年を女性たちはどう生きてきたのかという振り返りだ。だが、女だって仕事がしたいという思いはこれからも生き続ける。その情熱を感じさせるラストが熱い。
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『地下道の少女』早川書房
アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/著 ヘレンハルメ美穗/訳
デビュー作にして、北欧ミステリーの賞でもっとも権威ある「ガラスの鍵」賞を受賞した、グレーンス警部シリーズの第4弾。死刑制度や女性の人身売買など常にリアルな社会問題をテーマの軸にしているが、本書では、ホームレスやストリートチルドレンなど社会の網の目からこぼれ落ちた者たちの悲劇に切り込む。ストックホルムで置き去りにされた43人のストリートチルドレンと、顔をえぐられた女性の死体。ふたつの事件が重なった先に見えてくる残酷な真相。だが、これは目を背けてきた現実からの復讐なのかもしれない。そう思える、意外で悲痛な結末が待っている。
『トリニティ』新潮社
窪美澄/著