2019/09/30
るな 元書店員の書評ライター
『ここは今から倫理です』集英社
雨瀬シオリ/著
「読書って何かの役に立つんですか?」
よく聞かれる。
活字離れが叫ばれて久しい中、私は書店員を長らくやっていて、当時も辞めた今も本の良さを感じて欲しいと心の底から思っている。
書籍は思考や感情の欠片で一冊の本を読んだ時、あなたとその本は見えない細い糸で結ばれる。悲しい本ならあなたの悲しさが、楽しい本なら楽しさが、その本に宿る。
思考や感情は目に見えないと思われているが、実はそうではない。あなたの今持っているそれらは読んできた本と経験、見聞で出来ている。本の形をしてあなたと繋がり其処彼処に散らばっている。
何を読んできたかを知ればその人が何を信じ、何を基準にしているかはある程度わかるものなんだ。そして大抵の場合、それらの本が役に立つのは辛い時やピンチの時、苦しくて悩んで泣いて死にたい時である。その時、あなたが読んできた本があなた自身を救う。
読書に実用性を求めるならば読まないでいいが、ただ、絶望して死にたくなった時にだけ思い出してくれたら。
学生時代、倫理の授業はろくに聞いていなかった。
それから哲学を学んだ時に、初めて繋がるものだと知った。
けれど、若かりし私は当時自分でも驚くほどにアホで何も考えていなかった。
授業や講義は授業で講義。それ以上でもそれ以下でもない。生きていくために必要なものだとは思っていなかった。なんと言うか、他人事で。
倫理や哲学は机の上の学問。
それに、まだ未来は明るくて、怖いものなんかなかったから迷うことなんかなかったんだ。
人は変わる、と私は胸を張って言い切りたい。だって昨日笑っていた私は今日も笑うとは限らない。昨日信じていた人を今日、疑うかも知れない。
一年前の私は幸せだったし、一年後の私はずっと靄が頭にかかっている。
一年前の私は、一年後の私を想像だにしなかった。
他人を変えることはできないが、他人を変えようとして自分が変わることはできる。
第三者から見れば、その他人は変わらないがその他人への態度を変えたもう1人の他人、つまり私は変わって見える。
もっと言うと、変わりたいと思う時にすでに半分くらいは変わっている。残りの半分は、行動するだけで埋まる。成功するかどうかはその後の話で、変わるか変わらないかで言うと間違いなく変わっている。
アホで生意気だった私と、心を病んでいた時の私と今の屁理屈野郎の私。まるで別人じゃないか!
死にたいと思ったことがある。実際やってみたけど失敗した。
そこから今の私になれたのは机の上の学問のおかげだった。
生きるとは何か、幸せとはなんだ。私は何者か。「より良く」の「より」って何を基準にしてるの?「女らしく」って何?
その答えをくれるのは他者ではない。あなたの幸せが何なのかを他者は知らない。
答えは、気づいていないだけでいつもあなたが知っている。
知識と経験と見聞で目の前の出来事を推し量って対処しているでしょう?
知識は書物に求める。経験には限界があるから書物で補う。見聞は他人の考えを知る書物でやはり補える。つまり、読んできた本でもう知っている。
本書にはその、勉強には関係ないけど生きるために役に立つナマの倫理が一話完結型の連作で描かれている。
しのごの言ったけれど、これは度肝を抜かれた。
コミックでこの文章量もさることながら、重苦しいテーマを読ませる重量感のあるイラスト。内容の質が高すぎる。哲学や倫理学の入門書としてもいいくらいのコミックだ。
ただいま3巻まで発売中なので、机の上の学問が自分の人生に落とし込まれる瞬間を感じて欲しい。
『ここは今から倫理です』集英社
雨瀬シオリ/著