不寛容な言論空間は怒りから生まれる『正義を振りかざす「極端な人」の正体』

馬場紀衣 文筆家・ライター

『正義を振りかざす「極端な人」の正体』
光文社 著/山口真一

 

 

世はまさに一億総メディア時代。
『正義を振りかざす「極端な人」の正体』というタイトルから、昨今のSNSでの誹謗中傷によって起きた事件やコロナ禍でたびたび話題にされる自粛警察の存在が頭をよぎった人は多いだろう。そのすべての人に、すすめたい。本書は、極端な人たちがいる社会で居心地の悪さを感じている人たちに、データ解析と事例というエビデンスから答えを出すことを目的とした一冊だからである。

 

近年、ネット上の批判や誹謗中傷といった「ネット炎上」のメカニズムが明らかになってきている。私を含め、日常的にSNSやネットニュースのコメント欄を見ている人なら、ネットが炎上している場面に何度も出会っているにちがいない。なかにはかなり直接的で目をつぶりたくなるような攻撃的なワードを使う人もいる。こうした批判の対象は政治家や芸能人ばかりではない。いまやドラッグストアの店員も運送会社のドライバーだって誹謗中傷を受けてしまう時代なのだ。

 

それもそのはず。Webリスクについて調査・コンサルしているデジタル・クライシス総合研究所によれば、2019年の炎上発生件数は年間1200件程度だという。一日3回、どこかで誰かが燃えている計算になる。

 

そこかしこに存在する「極端な人」は、時にネット炎上に加担し、時にクレーマーとして社会を振り回すほどの力を持っている。そして「極端な人」が力をふるっている空間では、普通の人は表現することそのものをためらわざるを得ないのだと著者は指摘する。

 

こうして生まれた「能動的発信だけの言論空間」にあふれているのは、「怒り」の感情だ。

 

著者は、攻撃の裏には、漠然とした不安があることを指摘する。

 

「『悪者』を見つけて自分の中の正義感で批判することで、不安を解消して心を満たそうとするのである。脳科学の分野では、正義感から人をバッシングすることで、快楽物質『ドーパミン』が出るとも言われる」

 

怒りの投稿ほどより多く拡散される理由はほかにもある。どうやら人は極端な意見や攻撃的な意見が好きらしいのだ。

 

中国の北京航空航天大学の研究チームの分析によると、SNSでは誰かに対して不満をぶつけるような「怒り」の感情がもっとも拡散しやすいらしい。そのうえフォロワー数が多い人ほど、ユーザー同士の感情の伝播の度合いが強いというのである。

 

誹謗中傷が書かれるのは日常茶飯事だし、それを目にするのにも慣れてしまったが、炎上は知らない誰かの話ではない。大規模な炎上の被害者としてもっとも多いのは、一般人だからだ。

 

ネットはこの先どうなるのだろうか。どんな未来が待ち受けているにせよ、簡単に意見を発信できる時代だからこそ、自分の正義に疑いをもってほしい。

 

『正義を振りかざす「極端な人」の正体』
光文社 著/山口真一

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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