三浦天紗子が読む『だまされ屋さん』やっかいで当たり前な「家族」をやり直す

小説宝石 

『だまされ屋さん』中央公論新社
星野智幸/著

 

自己責任論が強まる中、深刻な家族の問題も、事件化して初めてそのいびつさに驚くことが多い。いや、もともと「家族の問題は家族で」という意識の強い日本では、問題は内に籠もりがちだ。本書では、固い殻に覆われていた家族問題が、風変わりな闖入者によって殻が割れて顔を覗かせることになる。

 

幕開けは、古希を迎えた秋代のもとに、娘の巴と〈家族になろうとしている〉と言い張る男性・未彩人が訪ねてきたことだ。秋代は、長男の優志、次男の春好、末っ子の巴とは疎遠で、古い公団でひとり暮らしをしている。未彩人の訪問をいぶかりながらも、長い孤独の寂しさからか、如才ない彼のペースにはまってしまう。娘が本当に再婚しようとしているのかどうかくらい、なぜ直接尋ねることができないのか。そこまで家族がバラバラになってしまった背景や現状が、秋代自身、優志や巴、春好の妻である月美などが代わる代わる語り手を務める中で浮かび上がってくる。

 

秋代と三人の子どもとの関係だけでなく、子どもたちそれぞれも家庭は問題含み。ただ、そこで描かれる、DVや依存症、毒母、人種や性をめぐるマイノリティーへの差別は、昨今、特別なことではなく日常によくある問題として、家族にふりかかっていることの証左だと思う。それだけに、「誰が」「何が」悪いと犯人探しをしても解決しない。むしろ、未彩人や、巴の同居人である夕海といったある種の部外者が、膠着した家族関係に風を吹き込む。彼らの存在が作用して、シンプルに本音を見せ合っていくことで変わる可能性があることに目を瞠る。

 

輪は閉じていくばかりではなく、開いて大きくしていくこともできる。つながりの新しい道筋を見せてくれた家族小説なのだ。

 

こちらもおすすめ!


『傍聴者』文藝春秋
折原 一/著

 

実在の事件を題材にしたシリーズの最新刊。

 

『逃亡者』(松山ホステス殺人事件)、『追悼者』(東電OL殺人事件)など、シリーズでも注目度の高い女性の事件。今回は「婚活殺人」で世間の耳目を集めた木嶋佳苗の事件がモデルだ。親友が練炭自殺に偽装して殺されたことを彼の母親から聞かされたフリーライターの池尻淳之介。親友が紹介したがっていた牧村花音に疑念を抱き、婚活パーティを介して接近する。一方、花音の裁判の傍聴に通う「毒ッ子倶楽部」の女性四人は、池尻のルポを読んで考察を深めていくが、彼女らにも思惑があって……。予想だにしない結末へ着地する圧巻の叙述ミステリー。

 


『だまされ屋さん』中央公論新社
星野智幸/著

この記事を書いた人

小説宝石

-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を