傷つき、傷つけてしまう私たちにはスナックが必要なのだ。

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『スナック キズツキ』マガジンハウス
益田ミリ/著

 

 

ズキズキ キズツキ こころがイタム
言えなかったコトバ 確かめられなかったオモイ
ぐるぐるめぐって 寄せては返し 過去のイタミに飲み込まれそう
こんな日が誰にだって あるでしょう

 

さて。ここに「キズ」を抱えた人々がたどり着く「スナック キズツキ」というお店があって。「いらっっしゃい」って少々気だるそうに出迎える店主がいる。年齢はいくつくらいかしら。20代には見えないけれど、40代、もしかしたら30代かもしれない。さっぱりした心意気と顔つきをしたボブヘアーがお似合いの女性よ。
ここはスナックだけれど、アルコールは置いておらず。でも、飲み物の種類は豊富だから、結構何でもリクエストに応じてくれる。

 

たとえば、コールセンターで働くナカタさんには、ご希望のソイラテをホットで。彼女、疲れてた。電話越しに嫌な言葉を浴びせられ、仕事帰りの恋人は自分のことしか話さなかった。おまけにお腹も空いていて。「私だって――」って言いだす気力もなかった。
ナカタさんにクレームの電話をしたアダチさん。ふだんはデパートでお惣菜を売っている。彼女もお客さんにモヤっとするよな、ヤなことされて。子どものいるパートスタッフに気を遣って自分のこと後回しにして。お客さんなんだから、独身なんだからって、ぐぐっと堪えることが重なって。「スナック キズツキ」でラッシーを頼んだところ。

 
お酒が飲めなくて、独身で母親とともに暮らしてて。職場では“仕事のできる”若造に少々馬鹿にされたりなんかして。でも、ヘルシンキの街並みを想像しながら飲むコーヒーがやたらおいしかったり。
“仕事のできる”若造は、誘われたお金持ちたちのバーベキューパーティーに馴染めなくって。いいお酒が出てきても、分からないし名前すら聞き取れなくて。むしゃくしゃして蹴った石ころが「スナック キズツキ」の看板に当たってしまって、なぜかその後マスターと即興物語の朗読で、こころの内側を吐露しちゃったりなんかして。

 

「キズツキ」に辿り着く人。胸に「キズツキマーク」を知らず知らずに貼りつけて。それが入館許可証みたいなものなのに、誰しもそのイタミに鈍感で。
でも、それも分かるな。あまりにイタイと、そのイタミごと無視してしまった方が楽だから。あまりのイタサにうずくまったって、誰も手を差し伸べてくれない塩辛い世界だって、知ってもいるし。
おいしい飲み物を飲んで、他愛もない話をして。マスターと一緒に歌ったり、踊ったり、なぜかする羽目になって。重苦しく告白するキズも、苦々しくよみがえるカコも、歌に変えてメロディに乗せて。そしたら、「わたし」の歌、鳥のように羽ばたいてどこまでも飛んでけそうね。

 

私の嘆き、悲しみ、イタミ。そのすべては言葉になって。涙が枯れるまで歌い上げてもいいね。泣くことに疲れるまで、やり尽くすのも一つの手だわ。
でも、その歌を。明るい曲に乗せて歌うこともできる。ラップみたいに言葉遊びして、風に乗せることだってできる。選択肢は思いのほか無数にあって、すべては私の手の中にあるの。
悲しみを歌にして。歌えることを喜びにして。そうするうちに悲しみがすこぉし薄れてく。薄めて薄めて飲めるくらいに苦さが和らいだら、いつかコーヒーとともに味わえるかもしれないね。

 

「スナック キズツキ」に集うひと。それはキズついた私の姿と同じだった。添え木のようにこころに手を当て、よろよろと歩いていた私のカナシミと同じだった。あのひとの悲しみは、私のカナシミそのものだ。
そして、あのひとの涙は、きっとあなたの涙と同じね。私の知らないところで、あなたがぽろり零した、カナシミの涙。その原因はなんだった?誰があなたを悲しませたの。
もしかして、その涙。私が流させてしまったの。知らなかった。気づかなかったの。そんなつもりで言ったのじゃ、なかったの。あなたはこころを閉ざしたから、私の言葉はきっと届かないけれど。いつでも差し出せる言葉を、私はいまも持ち続けているから。

 

人と人。ゆるやかに交差し、時折人生を絡ませあって、いつしか離れゆくことを物悲しくも思うでしょう。だからって、嘆く必要もないものだと、手のひらからふわり立ち上がった出来立ての言葉が、教えてくれるよな気がしてる。

 

キズつき、キズつけ、ひとりになって。何にも持たない私になったから分かるイタミを勲章みたいにして、出会う人の尊さを思う。また、キズが増えるかも。また、キズつけてしまうかも。でもね、キズのある私たちだから、見える世界がきっとあるのよね。それだけをこころに灯し、いまなら進んでいけそうな気がしてる。

 

たどり着いたスナックで、何も言わないうちに目の前に差し出された、牛乳をたっぷり注いだカフェオレの味。なんだか想像できる気がするの。寒くて凍えそうだった私の前に、白い湯気がもわもわと上る温かな飲み物がどんなにうれしかったことか。ただ見守ってくれる存在があることが、どんなに心強かったことか。

 

あぁ、きっと私も。いつしか「スナック キズツキ」に立ち寄って、キズとともに生きる道を、選ぶことができたのね。

 

『スナック キズツキ』マガジンハウス
益田ミリ/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれの水がめ座。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。1万円選書サービス「ブックカルテ」参画中です。本の声、きっとあなたに届けます。

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