2021/09/17
坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主
『あなもん』Pヴァイン
戸川昌士/著
「あなもん」。漢字で書くと、「穴門」。
ひらがなにせよ漢字にせよ、凄まじい衝撃を与えるこの言葉の持つ意味とはなんなのか。果たしてなんの穴の門なのかと、きっと誰しも思うのではないでしょうか。私は思いました。なんなのか。「あなもん」って一体、なんなのか……!
その答えは、信じられないことに神戸の元町に実在する商店街の名前でした。「穴門商店街」です。「穴門」の由来の定説は、「むかし、この場所にトンネルのある小山が鎮座していたから」(本書より)。
著者の戸川さんが営む古本屋「ちんき堂」がその商店街と同じ元町通にあるがゆえのタイトルで、もう少し詳しく言えば、神戸新聞の夕刊に「あなもん」というタイトルで連載されていたコラム115本分(2009年~2018年に掲載)が収められたのが本書です。
……おおお、必要以上に「あなもん」、「あなもん」と連呼してしまいましたが、その内容はと言えば、時に秘密基地めいていたり、時にエロスな雰囲気も漂えば、大学の授業もかくやな場面あり、かと思えば家族の話にグッと泣かされることもある……。のですが、大概においては、とにかく肩の震えが止まらなくなるような笑いが満載なのでございます☆
その笑いがどこから来るのかと言えば、遊びごころがチラチラと垣間見える視点でもって展開されるちんき堂さんの論説が、ちょっとぼやき風な独特の話術(?)でもって記されているところからかと思われます。が、流石に家以外の場所でひとり本を読みながら大笑いするのも気が引けるため、笑いをこらえようとすればするほど、肩が震えてきてしまうのです!
また、「最初の一文」がとにかく魅力的なのも特徴のひとつで、どのコラムでも初っ端から心を掴まれてしまうのですが、私が最も好きな「最初の一文」は、以下。
このジジイのオイラがセル画を買った。
コラム「虫プロのセル画を買った!」(以下、「虫プ!」)の冒頭の一文なのですが、「ジジイのオイラ」でなんかもうちょっと面白い(ちんき堂さんの一人称はオイラ)のに、そんな「ジジイのオイラ」がセル画を買っている。やらかしてしまった話なのか、それともやったった話なのか。こんなの、続きが気にならないわけがない! 先へのドキドキ感もさることながら、この一文をひたすら反芻するだけでも「次どうなるんだろう、どうなるのかな!?」とエンドレスに楽しめてしまいます。
それだけこの一文が際立つ理由のひとつには、「虫プ!」が、全体のちょうど中盤に収められていることも大きいです。なぜなら、ここまで読み進めた読者であれば、すでにみなみなちんき堂さんのファンになっているであろうからーっ! というわけで、「虫プ!」までの間に出てくる「続きが気になり過ぎる冒頭」をいくつか挙げてみたいと思います☆
この不景気なご時勢ゆえ、「すぐ換金できない物は買うな」とオイラの心に貼紙したばかり、なのにまたやってしまった、買ってしまった、・・・(「永遠の少女・松島トモ子さん」より)
またしてもニセモノをつかまされた。古本屋になってこれで4回目。(「だまされた者がバカなだけ」より)
今年の2月の初め、業者市で郷土玩具が段ボールで15箱出た。エイヤーと8箱買った。(「名品のみちのくに神様のご加護あれ」より)
……などなどで、どれもこれも急いでページを捲りたくなってしまうようなものばかり! で、読めば読んだで、勉強になったり、泣いたり笑ったりと気持ちが大変なことになります。
しかしあれです、ちょっと話はズレますが、ちんき堂さんが扱われる商品の幅広さにも触れておかねばなりません。本や漫画や赤本漫画、サイン色紙はもちろんのこと、映画や美術展のポスター、俳優やお相撲さんのブロマイド、レコードに郷土玩具に駄菓子屋で売っていたような玩具に絵馬に醤油入れ(醤油入れは、売り物ではないのかしら?)……と、当店では取り扱ったことがないような、あれやこれやそれらも全て、ちんき堂さんではあまねく売り物になるのでございます!
曲がりなりにも古物商の看板を掲げさせていただいてより、早11年。なんとなくわかってきました。商いの幅広さは、人としての器のデカさに等しいと……! ゆえに、ジャンルレスから生まれる深みや味わいが、掲載された参考図版の多さに裏づけられて、ひたすらちんき堂さんへの尊敬の念に繋がっていくのであります!
なのに、そんなちんき堂さんですら、たまに市会などで「やらかして」いらっしゃるところ、またそれを晒してくださるところには感謝しかありません。ちんき堂さんですらそんなことがあるのなら、私がやらかしたって当たり前!と必要以上にクヨクヨしなくてよくなるのです。一方、ぶった切っていらっしゃる事柄からは、古物を商う者として気を引き締めてかからねばいけない部分が学べます。
ところでやたらお金の話が出てくる割にはいっかな「お金儲け」が最優先になってはいないところにも、「儲かるもの<買いたいもの=好きなもの」な図式にも大変勇気づけられます。
そんなこんなで『あなもん』を読むと、酸いも甘いも噛み分けた立派な(古)本屋になるためには、一に好奇心、二に思い切りの良さ、三に想像力で四が資本力、そして最後に遊びごころが大事なんだな!ということがわかります。それに、本や映画や想像力というものが、どれだけ子どもや大人に幸せをくれるものなのかと、改めて(古)本屋ってやっぱりいいなー、楽しいなーと噛み締めることができるのでした。
『あなもん』Pヴァイン
戸川昌士/著