家族を憎むことができれば救われるのに、愛ゆえのつらさで壊れていく

金杉由美 図書室司書

『くるまの娘』河出書房新社
宇佐見りん/著

 

 

にい、かんこ、ぽん。
それに父と母。
5人だった家族は、兄が結婚して家を出て、弟が祖父母の家に行き、かんこと父母の3人になった。
母は脳梗塞の後遺症で別人のようになり、父は元からスイッチが入ると別人になってしまう。
そんな壊れた家で暮らすうち、かんこも壊れた。
朝起きて学校に行くことが出来なくなった。
でも、かんこは兄弟たちのように父母を棄てて逃げられない。
親だから、ではない。
父母は、守らなければならない、愛を与えなければならない、助けてほしいとすがってくる存在だから。

 

ああ、痛い。

 

「かか」で描かれていた母子関係も濃厚で痛々しかったけれど、本書で描かれる家族関係は、更に複雑に絡み合い苦しみに満ちている。憎むことが出来ればむしろ救われるのだろう。愛しているからこそつらい。父の、母の、愛情の深さを知っているがゆえに切ない。

 

父は家族に恵まれず独りで努力してきた人だった。頑張って頑張って死ぬほど頑張って、第一志望の学校に合格し第一志望の就職先に採用された。
「喜びっていうのは、ひとりで抱え込むと、つらいんだよな」
その喜びを初めて分かちあえた恋人が、のちの母だった。
母は、気丈で優しく、他者の痛みがよくわかる人だった。病気のせいで他者の痛みに自分の痛みが加わって、くしゃりと圧し潰されてしまうまでは。

 

幸せな家庭を築くはずだったのに。築いたはずだったのに。
闇の中のような現在のその向こうには、あんなに楽しい日々があったのに。
誰のせいなのか自分のせいなのか運命のせいなのか。

 

父は壊れた。
母も壊れた。
かんこも、壊れた。

 

いつしか家族は傷つけあうようになっていた。血を流しながら互いに寄りかかっていた。
それを共依存と呼ぶのは簡単だ。
でも、そこには紛れもなく愛があり、間違いなく地獄がある。
かんこは、ひとりでここから逃げ出すことは「したくない」のだ。
家族を背負って、もろともに地獄から逃げ出したかったのだ。

 

ぐるぐる回る想いに巻きつかれ、かんこは動けなくなった。車から降りられなくなった。
みんなで旅行に出かけ寄り添って車中泊した幼い日のしあわせが、二度と戻らないのはわかっているけれど。月の明かりの下で狭いシートに寄り添って眠ったあのころ、車は家族の幸福の象徴だった。

 

愛情とあきらめと悲しみ。
それらがもつれ合い、分かち難く、混然一体となって、泣き叫んでいる。
そんな、耐えがたい静かな激情の物語。

 

こちらもおすすめ。

『星を掬う』中央公論新社
町田そのこ/著

 

幼い頃に別れた母との再会。
実の娘を棄てた母は、彼女を慕う疑似家族と暮らしていた。
そしてアルツハイマーを発症し、壊れていこうとしていた。
いくつもの「母と娘」のカタチが描かれる。
家族とは何だろう。血の繋がりとは何だろう。
どうしてもすれ違ってしまう感情。
人との距離は近くて遠く、正解はどこにもない。

 

『くるまの娘』河出書房新社
宇佐見りん/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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