2022/08/01
金杉由美 図書室司書
『くるまの娘』河出書房新社
宇佐見りん/著
にい、かんこ、ぽん。
それに父と母。
5人だった家族は、兄が結婚して家を出て、弟が祖父母の家に行き、かんこと父母の3人になった。
母は脳梗塞の後遺症で別人のようになり、父は元からスイッチが入ると別人になってしまう。
そんな壊れた家で暮らすうち、かんこも壊れた。
朝起きて学校に行くことが出来なくなった。
でも、かんこは兄弟たちのように父母を棄てて逃げられない。
親だから、ではない。
父母は、守らなければならない、愛を与えなければならない、助けてほしいとすがってくる存在だから。
ああ、痛い。
「かか」で描かれていた母子関係も濃厚で痛々しかったけれど、本書で描かれる家族関係は、更に複雑に絡み合い苦しみに満ちている。憎むことが出来ればむしろ救われるのだろう。愛しているからこそつらい。父の、母の、愛情の深さを知っているがゆえに切ない。
父は家族に恵まれず独りで努力してきた人だった。頑張って頑張って死ぬほど頑張って、第一志望の学校に合格し第一志望の就職先に採用された。
「喜びっていうのは、ひとりで抱え込むと、つらいんだよな」
その喜びを初めて分かちあえた恋人が、のちの母だった。
母は、気丈で優しく、他者の痛みがよくわかる人だった。病気のせいで他者の痛みに自分の痛みが加わって、くしゃりと圧し潰されてしまうまでは。
幸せな家庭を築くはずだったのに。築いたはずだったのに。
闇の中のような現在のその向こうには、あんなに楽しい日々があったのに。
誰のせいなのか自分のせいなのか運命のせいなのか。
父は壊れた。
母も壊れた。
かんこも、壊れた。
いつしか家族は傷つけあうようになっていた。血を流しながら互いに寄りかかっていた。
それを共依存と呼ぶのは簡単だ。
でも、そこには紛れもなく愛があり、間違いなく地獄がある。
かんこは、ひとりでここから逃げ出すことは「したくない」のだ。
家族を背負って、もろともに地獄から逃げ出したかったのだ。
ぐるぐる回る想いに巻きつかれ、かんこは動けなくなった。車から降りられなくなった。
みんなで旅行に出かけ寄り添って車中泊した幼い日のしあわせが、二度と戻らないのはわかっているけれど。月の明かりの下で狭いシートに寄り添って眠ったあのころ、車は家族の幸福の象徴だった。
愛情とあきらめと悲しみ。
それらがもつれ合い、分かち難く、混然一体となって、泣き叫んでいる。
そんな、耐えがたい静かな激情の物語。
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『くるまの娘』河出書房新社
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