「隠れ防御率1位」。怪童・山本由伸の21歳とは思えない成熟されたピッチング
お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

 

規定投球回に到達している投手が僅か3人しかいないことが話題になっている今シーズンのパ・リーグ。ボールが飛ぶ、打者の著しいレベル向上、山賊西武のような凶暴な打線の存在、DH制……。これらの要因からパ・リーグでは投手の負担が激しく、もはや年間を通じて故障なく先発ローテーションを守って「試合を作る」ことすら容易ではなくなっている。

 

日本球界のスタンダードである中6日のローテーションでは、1シーズン離脱することなく試合を作り続けてようやく規定投球回に到達できる程なので、昨年9人だった規定投球回到達者はさらに減る見込みだ。

 

故障者の増加や29人目の一軍選手登録が可能となった影響で、日本ハムなどはオープナー制に近いショートスターター制を多く採用するなどしており、先発投手の投球イニングは減る一方である(「先発投手のリリーフ化」「オープナー戦略」「投手の平準化」に関しては拙著『セイバーメトリクスの落とし穴』をご覧いただきたい)。

 

そんな”投手受難”の環境の中で、圧倒的な投球を披露しているのがオリックスのエース、若干21歳の山本由伸だ。脇腹の故障で一時離脱した影響で規定投球回を下回っているものの、防御率1.75で現在隠れ防御率1位だ。また、先発投手では唯一の防御率1点台を誇っている。8日(日)の日本ハム戦で故障から復帰して6回を自責点0で抑えて防御率を更に向上させ、今後3試合の登板で規定投球回(143回)の到達を目指している。今回はそんな山本由伸の凄さに迫ってみたい。

 

◆打たせて取る投球を実現させるピッチトンネルの構成

 

山本由伸の投球を象徴する3つの数字がある。

 

P/IP14.7 (P/IP=1イニングあたりの投球数)
被打率.193
奪三振率8.15

 

最速156キロを計測する豪腕でありながら、それほど三振は多くない。球数は少なく、被打率が低い。すなわち、打たせて取る投球ができているのだ。

 

そのクレバーなピッチングを可能にするのがピッチトンネルの構成である。ストレート(フォーシーム)以外に代名詞のカットボール、スプリット、ツーシーム、スライダー、カーブを操るが、カーブを除く球種はいずれも140キロを超えるスピードで、フォーシームに近い軌道で鋭く小さく変化する。このため、打者は直前までどの球種であるかの見分けがつかず、どの方向に変化するのかもわかりにくいため、非常に打ちづらい。

 

山本はコントロールもよく全ての球種を高精度で操れるため、バットに当てられたとしても詰まった打球になりやすく打球速度が出にくい。そのため、野手の守備範囲に打球が飛びやすいのだろう。

 

また、これだけのスピードと高速の変化に対応するため打者は140キロ以上の球速帯を中心に待たざるを得ないが、ここで遅い宜野座カーブのような鋭いカーブを初球から投げ込んでくるため、緩急もついており狙い球を絞るのは簡単ではない。カウントを稼ぐのも非常にうまい。山賊西武打線相手にすら完封を記録し防御率0点台に抑え込んでいる。

 

これだけの投球を可能にする高速変化球の中でも、最大の武器は今や代名詞となったカットボールだ。遅く大きなスライダーは体の負担が大きく、また常に打者の想定を上回る鋭い軌道を出さなければならない。鋭く動くボールを習得する必要性を感じた山本が身につけたのがカットボールである。ストレートの握りを僅かにずらし、曲げようとも思わずに自然に曲がるイメージで投げているそうである。このカッターをメインに据えつつ、似たような軌道から反対方向に曲がったり落ちたりするツーシームやスプリットも素晴らしい。

 

この年齢でこれほどまでに成熟したクレバーな投球を実行できるマインドや、それを可能にする技術の高さには恐れ入る。昨年リリーフとして頭角を現した際にもカットボールの鋭さなどは指折りだったが、先発としては出力や他の球種などに関する不安を感じていた。だが、それは私の杞憂であった。

 

中継ぎとして登板過多になった際には自ら故障する前に休養を申し出たりするなど、あらゆる面でクレバーな選手なのだろう。今の若者は一体どれだけ能力が高く、頭脳的なのか、ただただ驚かされるばかりである。

 

独特なやり投げ風のジャベリンスローをはじめとしたトレーニングの様子などはオリックスのトレーナーがツイッターで動画を公開しているので、現役の投手は参考にしても面白いだろう。

 

ちなみにオリックスの若手投手は山本に限らず成長が著しい。ダルビッシュや大谷を指導しメジャーリーグから日本に復帰した中垣トレーナーらの影響や指導も大きいように見える。やはり、コーチやトレーナーの果たす役割も、選手本人の素質や努力、マインドと同じくらい重要なのだろう。これらがマッチしたオリックスの若い投手はこれからもどんどんブレイクするのではないだろうか。
山本の身体の柔軟性、バランスのよさは下記動画のトレーニング風景からも伺える。

 

 

◆数少ない課題を克服し、球界のエースへ

 

ここまで書いてきたようにほぼパーフェクトで欠点のないように見える山本だが、敢えて課題を上げるとするならば得点圏での投球と故障対策だろう。

 

最大の武器でありメインにも据えているカットボールだが、実は変化自体は小さいのでバットには当てられやすい。そのため、制球を間違えた時には痛打されやすく、前に飛んだ際には野手の間を抜けてヒットになる場合もある。それもあってか、意外なことにカットボールの指標はそこまで圧倒的ではなく、実はスプリットやスライダーが良い。

 

走者がいない際にはカットボールをメインに据えつつ打たせて取る投球で球数を減らし、ピンチの場面や強打者を相手にした際には少し変化を大きくしてスラッター気味のスライダーやスプリットで空振りを狙い、ボールを前にすら飛ばさせない。すなわち何も起こさせない絶望感のようなものを与えられたらなお良いだろう。

 

ピンチになるとやや投げ急いでカットボールなどをゾーンに集めてしまうように見えることがあり、変化が小さい際には捉えられてしまっている。非常に高い次元での要求になるが、山本なら可能だろうし更に上のレベルを目指してほしいと思う。

 

投手としては大柄ではないために出力の高い投球による負担は大きいだろう。故障に気をつけてこれからも圧倒的かつクレバーな投球で、野球ファンや投手マニアを唸らせるようなピッチングを期待したい。

お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

お股ニキ(@omatacom)(おまたにき)

野球経験は中学の部活動(しかも途中で退部)までだが、様々なデータ分析と膨大な量の試合を観る中で磨き上げた感性を基に、選手のプレーや監督の采配に関してTwitterでコメントし続けたところ、25,000人以上のスポーツ好きにフォローされる人気アカウントとなる。 プロ選手にアドバイスすることもあり、中でもTwitterで知り合ったダルビッシュ有選手に教えた魔球「お股ツーシーム」は多くのスポーツ紙やヤフーニュースなどで取り上げられ、大きな話題となった。初の著書『セイバーメトリクスの落とし穴』がバカ売れ中。大のサッカー好きでもある。
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セイバーメトリクスの落とし穴マネー・ボールを超える野球論

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