未来地図を書き換えた、電子機器のような精密ポップ【第19回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

83位
『トランス・ヨーロッパ・エクスプレス』クラフトワーク(1977年/Kling Klang/独)

Genre: Electronic Pop, Synthpop
Trans Europa Express – Kraftwerk (1977) Kling Klang, Germany
(RS 256 / NME 81) 245 + 420 = 665

 

 

Tracks:
Tracks:M1: Europe Endless (Europa Endlos), M2: The Hall of Mirrors (Spiegelsaal), M3: Showroom Dummies (Schaufensterpuppen), M4: Trans-Europe Express (Trans Europa Express), M5: Metal on Metal (Metall auf Metall), M6: Abzug, M7: Franz Schubert, M8: Endless Endless (Endlos Endlos)

 

とにもかくにも、ありとあらゆる国と地域のポップ音楽家に絶大なる影響を与えたスーパー・バンドがドイツ(当時は西ドイツ)出身の彼ら、クラフトワークだ。複数のシンセサイザーを主要楽器として使用したのも、リズム・マシーンを多用したのも、ことそれが「新種のポップ音楽として成立していた」という点で見たならば、ずっと一貫して人類の先頭に立っていたのが、彼らだった。

 

たとえば日本的に言うと、YMOはもちろん、そのほかすべての「テクノポップ」バンドの始祖となったのが彼らだ。地球上のあらゆるエレクトロニック・ポップのゴッドファーザーがクラフトワークだ、と言い換えてもいい。

 

そんな彼らの6枚目のスタジオ・アルバムにして、代表作のひとつに数えられるのが本作だ。前々作『アウトバーン』(74年)は、ヨーロッパはもとよりアメリカでも大いに注目された。これは画期的なことで、なぜならそれまでの常識では、電子楽器が主体となっている音楽は、現代音楽や実験音楽のような「前衛的」なものばかりだと考えられていたからだ。しかし同作のタイトル・チューンは(アルバム・ヴァージョンの22分超を3分に編集したものが)ビルボードのホット100にランクインする(最高位は25位)という快挙を成し遂げる。この延長線上にあるポイントに向けて進行させていったのが本作だ。

 

たとえばM5、邦題を「ヨーロッパ急行」(ちなみにアルバムの邦題もこれだった)はアフリカ・バンバータに無許可でサンプリングされることになる。ヒップホップの原型を作った3大DJのひとりである彼が、「ヨーロッパ急行」を使って制作したのが「プラネット・ロック」(82年)で、その大胆なアイデア、「新鮮な」ビートは、黎明期のヒップホップ・シーンに巨大な足跡を残した。そして「クラフトワークの音楽はファンキーなのだ」ということを、世界じゅうがあらためて認識した。だから本作が「ポップ」の付かないダンス音楽のテクノに与えた影響も、甚大だ。

 

間違いかもしれないが、ひそかに僕は、小池一夫の原作、叶精作が作画の漫画『実験人形ダミー・オスカー』(77年より連載開始)すら、クラフトワークの影響下にあるとにらんでいる。M3「ショールーム・ダミー」を初めて聴いた瞬間にそう直観した、のだが……どうなのだろうか?

 

次回は82位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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