夫が風俗に通い、娘がおじさんと歩いているのを見てしまったら…|窪美澄さん『たおやかな輪をえがいて』
ピックアップ

ryomiyagi

2020/04/11

 

人間の生きざまをリアルに描き、多くの読者を虜にする窪美澄さんの新刊は「初めて50代の女性を描いた」長編小説。夫と子どものために生きてきた専業主婦が妻でも母でもない人生を生き直す物語に、干からびていた心身が潤い、一歩でも前に進もうとする力が湧いてくるはずです。

 

毎日のルーティンの中にいる主人公が“精神的卒婚”する姿を書きたかった

 

たおやかに輪をえがいて』中央公論新社
窪 美澄

 

人間のリアルな姿をとらえ、丁寧な物語に織り上げる窪美澄さん。新作『たおやかに輪をえがいて』は52歳の専業主婦が妻でも母でもない人生を生き直す長編小説です。

 

結婚27年の絵里子・52歳は、2歳年上の夫・俊太郎と20歳の一人娘・萌との3人暮らし。俊太郎は多忙で帰宅が遅く、萌もアルバイトや友だち付き合いに忙しい日々。パートをしながら家事に追われる絵里子でしたが、ある日、俊太郎が性風俗店に通っていることを知ります。その店を探しに行ったとき、今度は萌が夫くらいの男性と腕を絡めて渋谷の歓楽街を歩いているところに遭遇します。家族の知らない顔を知り、衝撃を受けた絵里子は、高校時代の同級生・詩織のもとに……。

 

「生真面目な専業主婦の読者が多い雑誌での連載だったので、当初から読者に寄せた主人公にしたいと思っていました。一方、これまで50代の女性を書いたことがなかったということもあって絵里子が誕生しました。私は絵里子と同世代ですが、周囲には結婚生活が空洞化している人がたくさんいます。“なぜ一緒にいるんだろう”“こういう立場になったら私ならどうするだろう”と考えながら、絵里子を書いていきました」

 

最初の80ページまで俊太郎の名前は出ず、絵里子の日常や言動、思考のなかで“夫”として登場するのみ。微妙な距離感が気になりながら読み進め、早々に“夫”の実態を知ることになります。

 

「最初からおぼこい絵里子にさまざまなことをぶつけて揺さぶるつもりでした。夫の性風俗店通いはその一つです。実は作家になってから風俗にハマる男性の多さを知り、驚きました。ちょっと聞くと『おっぱいパブに行った』『イメクラはこうだ』と語る語る(笑)。『男性の性欲は蛇口から水を流すようなもの、定期的に水道の栓を開かないとダメ』と説明され、男性と女性の性の間にはマリアナ海溝くらい深い溝があると実感しました。男性も女性も互いの性については永遠にわかり合えないのではないでしょうか」

 

作中、風俗で働く楓が絵里子に「(性風俗の仕事は)精神的介護」と説明するシーンが印象的です。

 

「いわゆるデリヘルという無店舗型風俗に取材に行ったのですが、真っ昼間からジャンジャン電話がかかってくるんです。そこでいろいろ話を聞き、男性が風俗に行く理由は性的なことだけとは限らないと思いました。俊太郎にも抱えているものがあり、言えない事情があるのに、絵里子は頑なで夫のことが理解できません。そういうことも含めて、夫のもとでおとなしく何も言わず、感じないようにしていた絵里子に変わってほしいと思ったんです。無色透明から彩りのある女性になってほしい、と」

 

整形したり同性愛者だったり風俗店で働いていたりしながら自分の足で立ち、タフに生きる女性たちが絵里子の価値観を揺さぶります。

 

「夫へのイメージを変えることも含めて、絵里子に精神的卒婚をさせたかった。昨今、SNSやインスタグラムでみんなキラキラした日々をアップします。ですが、人生はそんなにピカピカしていません。ごく普通の日常が続いていくのが人生なのですから。それでも、毎日のルーティンでグツグツしているときは、家族以外の人と少しでも会ってみるといいかもしれません。家庭の中に小さな風穴が開くと、そこから漏れてくる光も増えます。それがモノトーンではなく彩りのある世界になるきっかけになるのではと思うのです」

 

女性である前に一人の人間である自分はどう自由に豊かに生きるのか。そんなことを考えさせずにはおかない傑作です。

 

■窪さんの本棚から

 

おすすめの1冊

さいはての家』集英社
彩瀬まる/著

 

「家族を捨てた不倫カップルなど借家にいろいろな男女が泊まる連作短編集です。男性が生き生きと描かれていました。暴力シーンが本当にうまくて、読んでいて痛くなってくるくらい。彩瀬さんの世界観が見事です」

 

PROFILE
くぼ・みすみ◎’65年、東京都生まれ。’09年「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞受賞。’11年『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞、第8回本屋大賞第2位、’12年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞、’19年『トリニティ』で第36回織田作之助賞受賞。

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を