鼻につくエロも、読者の盲目的礼賛も……村上春樹への愛と憎『愛ゆえの反ハルキスト宣言』

るな 元書店員の書評ライター

『愛ゆえの反ハルキスト宣言』皓星社
平山瑞穂/著

 

 

もうすぐ怒涛の祝日ラッシュが始まる。

 

この祝日、いつのまにか昔はなかった「海の日」ができ「山の日」ができ、「成人の日」も「体育の日」も「●月●日」から「●月の第三日曜日」とかいう表記に変わり、毎年ズレるようになって、今日なんの日だっけ?とよくわからなくなっている。

 

そんな祝日に私は1つ、高らかに追加を宣言したい日がある。

 

「村上春樹の新刊が出たらとりあえず買う日」だ。

 

これは祝日にすべきで、また国民の義務にもすべき。なぜならもう社会現象だからだ。

 

朝も早よから書店に並ぶハルキストに、新刊をタワーの如く積み上げる書店(かくいう私も『騎士団長殺し』が発売された日にトルネードタワーを作ったことがある)。

 

また、毎年ノーベル文学賞の発表前になるとメディアはこぞって「今年は受賞なるか!?」とはやし立てる。『村上春樹はノーベル賞をとれるのか?』という本が光文社から出ていて、この本をメインにノーベル文学賞コーナーを作ったものだ。

 

以前村上氏が何かのインタビューで、ちょっと迷惑そうにコメントをしていたが、この点については同情する。毎年毎年、知りもしないところで勝手にはやし立てられちゃ落胆されるなんて、なんと言えばいいかわからない。心中お察しします。だって、ノーベル文学賞の候補になったかどうかは50年後にしか公開されないから、本人も知らないのだもの。

 

とにかく、村上春樹の新刊が出たらとりあえず買う。そういう、作品自体の良し悪しを放り投げた「村上春樹=良書」という国民の盲目的礼賛に、私は正直うんざりしているのだ。

 

ただし、読まずに批判するのは読書人として愚の骨頂。全部ではないがきちんと読んでいる。その上で「もういいですごちそうさま」 なのである。

 

確かに私は、『ノルウェイの森』までの村上春樹を愛していた。

 

『風の歌を聴け』は村上春樹見参!のデビュー作。アメリカ文学的な乾いた風の吹く素晴らしい作品だし、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』はSFでありまた違う、並行するもう一つの世界の書き方を確立した、これまた素晴らしいものだった。

 

しかし、『ノルウェイ』の森は違った。

 

エロを題材として文学を書く作家は多い。私はわりと好きだけど、どうしてもこの作品だけは書かれているエロが鼻について仕方がない。

 

主人公のワタナベ君は食わず嫌いせず、据えられた膳を綺麗に平らげる。一方で直子に操を(精神的には)立てる。でも緑ちゃんには手でいたしてもらう。挿入しなければセックスはセックスとして成立しない理論なのだ。

 

ここんところが本能的にどうにもダメだった。もし機会があれば村上礼賛女子に聞いてみたい。自分の彼氏が村上理論支持者だったらどうするのですか?

 

とにかく、この作品全体が「男の抗えない都合の良い性の衝動にもっともらしい理由をつけた言い訳」のように感じられてしまい、私は随分がっかりしてしまったのだ。

 

同じエロなら、谷崎や足穂ぐらい突き抜けてくれないか。

 

彼らは突き抜けた変態純文学作家で、PがVとAでイイ気持ち~の稲垣足穂の少年愛の美学は、一言にすればお尻至上主義者のお尻形而上学、ヒップでポップなミュージックを奏でる文学だ。何回読んでも最初から最後まで全く理解ができないけれど、ただただ文字からほとばしる熱い想いに、なぜか胸を打たれてしまう。どうせならこれくらい突き抜けて欲しい。

 

今回とりあげた平山瑞穂氏による「反ハルキスト宣言」は、おこがましいが私も同じようなことを考えていたから、最初から最後までずっとうなずきっぱなしだった。私が長年抱いていた村上春樹的エロへの疑問にもズバリ答えてくれていた。

 

世界は村上春樹礼賛。多数派の声で作られる民主主義国家で反ハルキストを謳うのは命がけだ。この本もひと昔前なら発禁処分になりかねない。だからこそ、前書きの20ページで語られる平山氏の覚悟をぜひ読んで欲しい。あっぱれだ。

 

ただし、読後の感想は最初とは180度異なるものだった。

 

実は私、村上春樹が今も好きだったんだ。新しい世界を教えてくれたと勝手に好きになり、裏切られたと勝手に失恋していただけだったんだ。

 

嫌よ嫌よも好きのうち。好きと嫌いはイコールだ。

 

これからも反ハルキスト宣言!愛しているから、大嫌い。

 

『愛ゆえの反ハルキスト宣言』皓星社
平山瑞穂/著

この記事を書いた人

るな

-runa-

元書店員の書評ライター

関西圏在住。銀行員から塾講師、書店員を経て広報とウェブライター。得意なのは泣ける書籍紹介。三度の飯のうち二度までは本!

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