ペニスは「第三の足」――。人間は知っていた、足と靴がもつ「媚薬の力」。

馬場紀衣 文筆家・ライター

『エロチックな足 足と靴の文化誌』筑摩書房 
ウィリアム・A・ロッシ/著 山内彰、西川隆 /訳

 

 

本書の原題の直訳は「足と靴の性」。足病学の講師であり、履物文化史の第一人者でもある著者は、人間の足は大昔から人体のパーツでもっともありふれたファルスの象徴とされてきたと語る。「足」という言葉は、遠まわしに性器を指すこともあるのだ。

 

「東欧では、足をファルスとする考え方が伝統的に根強かった。スラヴ語系ではペニスはトレティヤ・ノガ、つまり『第三の足』と呼ばれている。ナポリ周辺の地域では、聖コジモの祭日に『聖コジモの足の親指』と呼ばれる大きなファルスの模型が聖人に捧げられる。古代ギリシアでは、親指より長い第二指をもつ女神の姿がしばしば描かれた。」

 

このように、足をファルスのシンボルとする文化は枚挙にいとまがない。足跡でさえ、ファルスの印とされてきた歴史がある。たとえば、アメリカ先住民のズーニー族では、夫が家を空けているあいだ、女性は夫の足跡のついた土を採ってきて、寝床に置くという。すると夫の性衝動が弱まり、浮気をしないと信じられていたからだ。こうした慣習の背景にあるのは、人間の足と、その足跡のあいだには共感的な結びつきがあるとする発想だ。未開の人びとの間では、足跡には魂が宿ると信じられており、神聖な足跡は不妊症の女性に子どもを授ける力が備わっていると考えられていた。だから、人間の足にエロチックな魅力があるとするのは、心理学的にも歴史的にも説得力がある。

 

足のセクシュアリティがこれほど人に深く刻み込まれているのには理由がある。足には、足自身の性感神経があり、触られると性的な感覚を味わうことができる。こうした特徴が、足を豊饒性や生殖と結びつけたのではと著者は指摘する。さらに人間の足には、ほかの動物には見ることのできない、直立姿勢を可能にさせる構造が備わっている。この構造こそが、正常位による性交を促すこととなった。「自然のなかでこれはまったく独自の体位」らしい。

 

この解剖学的構造が可能にしたことが、もう一つある。歩き方だ。著者曰く、「ひとの歩く姿は本当に独特で、官能性に満ち、特に女性の場合、人間の解剖学的構造のもつもっともエロチックな特徴の一つ」であり、その曲線とうねりを描く運動、足の甲、足の指などは、性欲を刺激する力があるのだという。

 

そして、何といっても人間の足をさらに魅力的にしてくれる靴の存在を忘れてはいけない。本質的に人目を引きつけてしまう足を装飾具でさらに装うのだから、美しい靴を履きさえすれば、足はさらに媚薬のような力を放つことになる。だから靴は、足の官能的なパートナーに他ならない。私たちが高いヒールを履いて足をより長く、より美しく、より魅力的に演出する理由を、どうやら古代の人びとは何千年も前からすでに知っていたらしい。何世紀にもわたって人がファッションに意匠をこらしてきた理由が、本書を読めば解き明かされるはずだ。

 


『エロチックな足 足と靴の文化誌』筑摩書房 
ウィリアム・A・ロッシ/著 山内彰、西川隆 /訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

-baba-iori-

文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を