商売で大切なのものとは?「東洋の化粧品王」と花街の芸者が紡ぐ「真心」の一代記

坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主

『コスメの王様』小学館
高殿円/著

 

真心がすべてと本書のなかで利一は言う。これまで出会った人のなかに、愛がすべてと言った人がいた。それはどちらも同じものを指していて、そして商売を含めた人と人との関係において、本来それがすべてなのだと思います。

 

商売とは、良いものを売るだけではだめだ。知られる努力をしなくては(p.83)

 

信頼とはすなわち、客に無駄な時間を使わせないことだ(p.84)

 

商売とは継続する信頼関係であり、まず売り手が本当のことを買い手に伝えねば継続しない(p.110)

 

商機というのはとにかくていねいに人の心を読むもの。そして人の心は驚くほど早く移り変わるものだ(p.115)

 

商売とは、もののかたちをした信用を売っているにすぎぬ。(p.156)

 

(以上『コスメの王様』より抜粋)

 

「商売とは、こういうもの!」と本書で語られる数々の言葉が、心にビシバシと響いてきます。
「そやねん! 私はそのことを大事にしながら本を売りたいと思ってたーっ!!」と快哉を叫びたくなるような売る側の「核心」を、的確も的確な言葉でもって、伝えてくれるではないかーい!!

 

「わかるわー! ……わかるわーっ!!」と幾度も共感しながら読み終えたこの『コスメの王様』は、不思議なくらいに顔立ちの似た「ハナと利一」が主人公の物語です。性別も異なる二人が偶然出会ったのは明治。そして大正、昭和と時は過ぎ、一人は当時の花街・神戸の花隈で押しも押されもせぬ売れっ子の芸者に、もう一人は大阪で化粧品会社を立ち上げて「東洋の化粧品王」と呼ばれるくらいの事業家に……。

 

明治維新後の日本の歴史とは、相次ぐ戦争による激動の時代とも言えます。生い立ちや時代に翻弄されながらも、「愛おしさ」と「ハート(真心)」を胸に、それぞれの人生を切り拓いていく二人。

 

誠実さを貫く利一の生き方には胸が熱くなり、「(なぁんも知らんでいてほしいなあ。利一さんには、うちらの化粧の下のことなんか気にもかけず、綺麗に化けた姿だけ横目で見ていてほしいなあ。うちらには真心なんて尽くしようもないから、利一さんにはきっと真心で成功してほしい)」と切に願う健気なハナちゃんの粋な生き様には目頭を熱くしながら読みました。

 

ところで利一には実在のモデルがいます。それは「大大阪時代の大阪文化を築いた一人」と言って決して過言ではない中山太陽堂の初代社長・中山太一さんで、斬新なる宣伝広告を得意とし、その手腕でもって毒性のない洗い粉や白粉(※)の開発・製造・販売に尽力した人でした。
(※この頃使われていた「白粉(おしろい)」には大概「鉛」が入っていて、その鉛が中毒を引き起こし、人体を大きく損傷することが多かった)

 

余談となりますが、中山太一が創業したこの「中山太陽堂」が出資し、設立された出版社が「プラトン社」(大正14年〜昭和3年に廃業)です。今なお一部において大変人気の高い版元で、当時をときめいていた作家の小山内薫(従兄弟に画家の藤田嗣治)や直木三十五(没後、その名を冠した「直木三十五賞」が創設される)、川口松太郎(第一回直木賞受賞作家)などが編集者として在籍。プラトン社発行のモダンな雰囲気漂う『苦楽』(直木が編集)や『女性』(小山内が編集)などの雑誌には、谷崎潤一郎や泉鏡花、芥川龍之介に江戸川乱歩といった名だたる作家たちが作品を掲載していました。
そんなプラトン社を作った「中山太陽堂の中山太一がモデル」ということで、ますます本書に興味を持たれる方もいらっしゃるのではないかしらん?

 

閑話休題、プラトン社が盛んに出版物を刊行していた大正時代、いわゆる「モダンガール」や「モダンボーイ」が世に現れ、経済も文化も西洋化や近代化が進んでいく一方で、貧しいがゆえに借金のカタに花街に売られたハナちゃんのように、現在では考えも及ばないような辛い体験をした人が少なからずいたのであろうと思われます。

 

明治や大正時代において、化粧はまだまだ役者さんや芸者さんといった「玄人さん」がするものであり、一般の人まで普及していなかったことも大きな理由のひとつとして、「化粧品」は旧態依然のまま、美しくは装えても身体に害を及ぼすもののままでした。

 

毒があることがわかっていても化粧をせざるを得なかった人たちにとって、太一の、そして本書においては利一の作り出した化粧品は、どれだけ希望の光であったことか。また「化粧をしてみたい」と憧れを抱く「一般の女性」にとっても、どれほど新しい時代を感じさせてくれたことでしょうか。想像に難くありません。

 

なべて、商いの基本も人付き合いの基本も、真心であり愛なのです。
そうじゃなければせっかく生まれてきたのに、いろいろ勿体ないではないかーい!!

 

お金も大切だし暮らしも楽であるのに越したことはないけれど、心血を注ぐ価値やがんばる甲斐、そして幸せを感じる瞬間というのは、結局のところ誰かの真心に触れたときや自分が愛おしさを感じるときにこそ生まれるものなのだと信じたい。
そういう意味で「初心忘れるべからず!」な、生きていく上でしんじつ大切にしたいことって何なのかを強く意識させてくれる、高殿円さんの『コスメの王様』なのでした☆

 

最後に、ズシン!と感じ入った言葉を抜き書いて終わりとします。

 

顔や稼ぎやのうて、まわりにおる人間の質がその人のほんまの器量

 

(『コスメの王様』p.53より抜粋)

 

……まさに!

 

『コスメの王様』小学館
高殿円/著

この記事を書いた人

坂上友紀

-sakaue-yuki-

本は人生のおやつです!! 店主

2010年から11年間、大阪で「本は人生のおやつです!!」という名の本屋をしておりましたが、2022年の春に兵庫県朝来市に移転いたしました! 現在、朝来市山東町で本屋を営んでおります☆ 好きな作家は井伏鱒二と室生犀星。尊敬するひとは、宮本常一と水木しげると青空書房さんです。現在、朝日出版社さんのweb site「あさひてらす」にて、「文士が、好きだーっ!!」を連載中。

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