「0.1%」からの下克上 ナショナルズのトータルベースボール
お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

チーム創設史上初のワールドチャンピオンに輝いたワシントン・ナショナルズ。
開幕前にスター選手のブライス・ハーパーがFAで流出。そのような状況でも、チームはなぜ躍進を遂げられたのか。
「お股クラスタ」のunknown氏(@DaiM0609)がナショナルズの快進撃を振り返る(全3回)。 

 

 

2019年のメジャーリーグはナ・リーグ東地区のワシントン・ナショナルズが球団創設後初の世界一に輝いた。

 

戦前の予想ではヒューストン・アストロズとニューヨーク・ヤンキースのア・リーグ優勝決定シリーズが「事実上のワールドシリーズ」であり、そこで勝利したアストロズが世界一になるという声が目立ったが、見事4勝3敗でアストロズを破った。

 

ナショナルズは長らくワールドチャンピオンの有力候補だと言われ続けながら、ポストシーズンでは勝負弱くディビジョンステージで敗退し続けていて、負け慣れしつつもあったチームである。ここで改めて、奇跡の下克上を分析してみたい。

 

なお、私はここ3年ばかりのファンであるため、チームの歴史やトラウマに関しての知識は浅く、その方面に関してはあまり触れられないことをご容赦いただきたい。

 

■ハーパー移籍と低調な開幕

 

今シーズンは、大きな変化から始まった。

 

チームの顔であり、生え抜きスターのブライス・ハーパーが同地区のフィラデルフィア・フィリーズに移籍。その穴を埋めるためにもブライアン・ドージャー、マット・アダムスらを獲得したが、あまり評価は高くなく、ナ・リーグ東地区で4位という予想も少なからずあった。

 

実際、シーズン開幕当初から負けが込み、5月23日には借金12で地区4位に沈んだ。

 

この成績を受けて、7月31日までの移籍期限で売り手に回り、エースのマックス・シャーザーや主砲のアンソニー・レンドーンなどを放出して再建に踏み切るとも噂されていた。

 

しかし、6月以降は強力な先発投手陣に打線が噛み合い驚異的に白星をのばし、シーズン後半では東地区首位のアトランタ・ブレーブスにこそ及ばないものの、ワイルドカード争いの先頭に立った。

 

■下剋上を予感させたシーズン中の「劇的サヨナラ」

 

ある意味で、今年のナショナルズを象徴すべき試合がある。9月4日、ホームでのニューヨーク・メッツ戦だ。

 

メッツの先発は昨季のナ・リーグサイ・ヤング賞投手ジェイコブ・デグローム。一方、ナショナルズが同2位のシャーザー。MLBの顔とも言えるエース対決であった(2人は今季のサイ・ヤング賞ファイナリストにもノミネートされている)。

 

ナショナルズは初回、やや制球にばらつきのあったデグロームから1点先制する。だが、8月には自身のキャリアで1度しか経験していなかった故障者リスト入りにより2度離脱するなど背中から首にかけての違和感が続いていたシャーザーが、4回に突如調子を崩し一挙に4点を失う。

 

シャーザーはその後なんとか試合を作り、6回4失点で降板。そしてナショナルズは6回、デッドボールで出たランナーをカート・スズキがタイムリーで返す。8回には若き主砲ファン・ソトが2ランを放ち1点差とし、後半戦は絶好調で難攻不落と思えた球界最強投手のデグロームをマウンドからおろした(デグロームのオールスター以降の防御率は1.44。 いかに難しい相手かわかる)。

 

ところが、ナショナルズはリリーフ陣が崩れ8回に1点、9回に5点をとられてしまう。9回表終了時点でスコアは4-10、誰しもが試合は決まったと思った。

 

しかし、まだ勝負は終わらない。ナショナルズ打線は諦めなかった。

 

1アウト1塁から4連打を放ち4点差とし、相手守護神エドウィン・ディアズを引っ張り出すと、今季は怪我に苦しんだ生え抜きスター35歳の代打ライアン・ジマーマンのツーベースで2点差。最後は同じくベテラン36歳のスズキがディアズの100マイルの速球を完璧に叩き、劇的なサヨナラ3ラン。9回に6点差から大逆転勝利したのである。

 

今思えば、この試合のほとんどすべての要素が、その後の「奇跡の下克上」への伏線となっていたかのようである。実に2019年のナショナルズらしかったと言える。

 

この試合のことは頭の片隅に入れておいてほしい。

 

↓大逆転の9回裏得点シーン 

 

■苦しい投手事情を支えた先発陣と勝負強いベテランたち

 

改めてナショナルズのチーム構成について触れたい。

 

まず、ナショナルズは近年、リリーフに悩まされ続けている。今年もそれは同様で、年間を通して安定した投手は誰一人おらず、救援防御率はリーグ最低の5.68と凄まじい数字となってしまった。先述のメッツ戦での大量失点も、典型的な惨状であった。

 

結果的に、ポストシーズンでも勝ちパターンとして信用して起用されたのはショーン・ドゥーリトルと、移籍期限ギリギリに獲得したダニエル・ハドソンの2人だけだった。

 

一方で先発陣は安定しており、長らくチームを支え続けてきたシャーザー、スティーブン・ストラスバーグに加え、昨季共に11勝のパトリック・コービン、アニバル・サンチェスを加えた4本柱はシーズン中盤からしっかりと固まっていた。

 

4人でチームの先発全体のほぼ80%の投球イニングを占める、749.1回に投げ、それぞれ11、18、14、11勝と大きく貢献した(この4人のイニング数はエンジェルス、レイズ、ブルージェイズ、マリナーズの4球団それぞれの先発投手の総イニング数を上回る)。

 

野手陣は打者有利のナショナルズパークを本拠地にしながらもホームラン数はナ・リーグ6位と決して多くはなく、ポストシーズンに進出した10チーム中8番目の数字だった。しかし決して打線が弱いわけではなく、打率、盗塁数リーグ1位、得点数リーグ2位とまさに「トータルベースボール」を実践できるチームだと言える。

 

具体的に打線を見ると、1番のトレア・ターナーは35盗塁(リーグ2位)のスピードと19HRというパンチ力を兼ねたアクティブ型、2番のアダム・イートンは出塁、長打、盗塁、バントなど多岐にわたる役割をこなすバランサー型である。

 

3番レンドーン、4番ソトは共に34HR、110打点以上稼ぎながら、出塁率も4割を超え、三振数も他球団の主砲と比べると少ない(例えばハーパーは178三振しているが、ソトは132三振、レンドーンに至っては半分以下の86三振)。まさに穴のない主砲だ。

 

このように、非常にバランスのとれた上位打線を形成した。 

 

そして下位打線はメジャートップクラスのセンター守備に加えてパンチ力と走力もある22歳のビクター・ロブレス、長打力のあるドージャー、アダムス。さらには規定打席こそ到達していないものの自己ベストの打率.344を記録したハウィ・ケンドリックを始め、ジマーマンやスズキ、ヤン・ゴームズ、シーズン途中に補強したアズドルバル・カブレラ、ジェラルド・パーラ……といった様々なタイプの選手を、状態に合わせて組み替えて起用した。

 

シーズンではハーパーが抜けたことによる長打力不足を補うため、ドージャーやアダムスといった、三振かHRかの“0、100”の要素を強く持つ選手の打席数が、比較的多くなった。

 

■文字通り「一発勝負」のワイルドカードゲーム

 

ではポストシーズンの戦いを振り返っていくとしよう。

 

ある意味ナショナルズファンがもっとも強く負けを覚悟したのは、一発勝負のワイルドカードゲーム、ブルワーズ戦ではなかろうか。

 

まずは、先発投手を誰にするかという議論がされていた。エースのシャーザーは先述のようにコンディション面で苦しみ、9月の防御率は5.16に終わったため、後半戦安定していたストラスバーグやコービンの方が良いのではないかと言われていた。

 

しかし、デーブ・マルティネス監督はこれまで度々チームを救ってきたサイ・ヤング賞3回受賞の大エースを信じて送り込んだ。

 

結果的に、シャーザーはこの日も調子が上がらず2回までに2本のホームランで3点を失いはしたが、なんとか粘って5回を投げ切った。2番手にはもう一人のエースであるストラスバーグをつぎ込み、3イニングを無失点。負けたら終わりの試合で、シーズンとは異なる起用法を見せた。

 

ただ、7回まで1点に抑えられていたナショナルズの前に、球界を代表するリリーファー、ジョシュ・ヘイダーが8回から登場。多くの人が万事休すと思っただろう。

 

試合は8回2アウト1塁から急展開を迎える。左のサイドハンドのヘイダー相手で長打が欲しい場面、マルティネス監督は思いきって左のイートンのところでジマーマンを代打に送る。

 

ベテランで速球への対応力も落ちつつあるジマーマンにとってヘイダーの快速球はかなり厳しいように思えたが、バットを折りながら執念のヒットでつなぐと、レンドーンのフォアボールで満塁。そして、ソトがライト前に放ったヒットはイレギュラーし、一気に3人のランナーが帰り逆転。そのままこの大一番に勝利した。8回以降の得点がメジャー1位というシーズン通りの粘り強さを見せたのである。

 

偉大なエースへの信頼も保ち、運も味方につけたマルティネス監督は、レギュラーシーズンとは異なる戦いを、続くディビジョンシリーズでも繰り出していくこととなる。

 

↓ジマーマンのヒット、レンドーンのフォアボール、ソトの逆転タイムリー 

 

■「後先を考えない」ディビジョンシリーズ

 

まずスタメンだが、コンタクト能力(バットに当てる能力)を優先させるようになった。

 

シーズン中はスタメンで重宝したアダムスやドージャーを外し、5番にケンドリックを置き、6番には相手投手の左右に合わせてジマーマンとカブレラを併用した。

 

さらに対戦相手によっては初回に先頭ターナーが出塁した際に2番イートンへバントを命じるという、MLBでは滅多に見られない策も見せた(これはあまり決まらなかったが)。

 

また、不安なリリーフ陣を補うため、先発投手のシャーザー、コービンを登板間のブルペン調整の代わりのような形で救援として投げさせる手法をとった。

 

ナショナルズは過去5度出場したポストシーズンの全て、ディビジョンシリーズで敗退しており、長年に渡って鬼門としていた。さらにストラスバーグやレンドーンら主軸の多くに今オフで退団する可能性があるため、何としてもまずはディビジョンシリーズを勝ち上がろうという強い意志があった。様々な意味で「後先を考えない」戦略をとったと言える。

 

シリーズ第3戦でドジャースに王手をかけられたが、第4戦をシャーザーが素晴らしいピッチングを見せ逆王手とし、迎えた第5戦。ストラスバーグが先発したものの、疲労もあってか2回までに3点を先取され、苦しい展開となった。

 

ドジャースの先発は、第1戦でナショナルズ打線が手も足も出なかったウォーカー・ビューラー。この試合も素晴らしいピッチングを見せていたが中盤からじわじわとナショナルズ打線も対応しはじめ、6回に1点を返すと、7回にも2アウト1、2塁のチャンスを迎えた。

 

ドジャースはここで大エース、クレイトン・カーショーをつぎ込む。まだまだ素晴らしい投手ではあるが、球威面では衰えを隠せず、ショートイニングでも球威が劇的に上がるわけではない。そのため、正直言うとチャンスがあるかと思った。

 

ただ、そこは何年にもわたって世界最高投手の座を守り続けて来た男。完璧なスライダーを投げ込みイートンを三振に抑え、しっかりと火消しの役割を果たす。ナショナルズファンはまたしてもディビジョンシリーズで、それも4度目の「第5戦での敗退」になるのかと感じただろう。

 

ただ、ドジャースはポストシーズン絶好調だった前田健太や左のワンポイントとして信頼の高いアダム・コラレクを起用せず、8回もカーショーを続投させた。ナショナルズはこの采配ミスをレンドーン、ソトの2者連続弾という形でものにし同点、さらには延長10回にも9回から投げていたジョー・ケリーを続投させる選択をしたドジャースに対し、ノーアウト満塁から元ドジャース所属のケンドリックが決勝満塁ホームランを浴びせる。ナショナルズにとって初の、リーグ優勝決定シリーズへの進出が決まった。

 

↓カーショーからの連続弾 

 

↓ケンドリックの決勝満塁弾 

 

戦力的にはナ・リーグ最高勝率のドジャースに分があったが、5戦合計64三振というアプローチの雑さ(ナショナルズは42三振)と、豊富な選択肢を持つはずの継投面での選択ミスが大きく響いた。
一方、ナショナルズはそもそも継投の選択肢が限られていることもあったが、柔軟な采配を見せ、結果成功した。

 

シャーザーとストラスバーグを先発の軸に添えつつ、リリーフだとやや球威が増し、先発時は見逃されることの多かった武器のスライダーをいかすことのできるコービンをリリーフ不足解消の手として起用するというプランを立てた。第3戦では失敗したものの、「そのプランしかない」とやり通すことを決断。

 

さらに緊迫した場面の中、下位打線の右打者相手にはチーム唯一の100マイルを超える豪腕、タナー・レイニーを起用するなど、まさに選手層の差を粘りと采配で覆したトータルベースボールを披露したのである。

お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

お股ニキ(@omatacom)(おまたにき)

野球経験は中学の部活動(しかも途中で退部)までだが、様々なデータ分析と膨大な量の試合を観る中で磨き上げた感性を基に、選手のプレーや監督の采配に関してTwitterでコメントし続けたところ、25,000人以上のスポーツ好きにフォローされる人気アカウントとなる。 プロ選手にアドバイスすることもあり、中でもTwitterで知り合ったダルビッシュ有選手に教えた魔球「お股ツーシーム」は多くのスポーツ紙やヤフーニュースなどで取り上げられ、大きな話題となった。初の著書『セイバーメトリクスの落とし穴』がバカ売れ中。大のサッカー好きでもある。
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セイバーメトリクスの落とし穴マネー・ボールを超える野球論

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