2020/08/21
馬場紀衣 文筆家・ライター
『なぜ人は美を求めるのか 生き方としての美学入門』ナカニシヤ出版
小穴晶子/著
美学とは哲学の一分野で、芸術・感性・美などを扱う学問だ。絵を観たり、詩を読んだり、映画を鑑賞するなかで、人の心になにが起こっているのか、人はどうして「美しいもの」に惹かれるのか、その美しさの背後にあるものを追究してゆく。本書は多摩美術大学で美学を教える著者の講義をもとにした一冊。
そう書くと、美学に関する小難しい知識や哲学的用語が出てくるのではと身構えてしまうかもしれない。しかし美学は、すべての人の生活に役立つものだ。人生をいかに生きるかという哲学的な問いは、すべての人にとっての問題でもある。だから美について考えることも、決して特別なことではなくて、日々の生活と共にあるもの。著者は「よりよく生きることを具体的な形で示すことに美があるなら、今日はどんな服を着て出かけようかと考えることのなかにもすでに美学があることになる」と述べている。
こう考えると、昨今話題のインスタ映えも、シーズンごとに変わるファッションも、話題の映画だって、美について考えることとほとんど同じことになる。ダイエットや筋トレといったボディイメージもそうだろう。
ギリシャ哲学にも、魂と、それから肉体についての記述がある。プラトンの後期対話篇『饗宴』で設定されたテーマは「エロス(愛欲)」だ。ここで取り上げられるのは、肉体的な欲望をも含めたものとしての愛。エロスとは何かという問いに対するさまざまな答えが語られている。
エロスとは、今自分のもっていないものを欲しいという気持ちのことだと著者はいう。そしてこの気持ちは、美しさによってかきたてられるものらしい。この場合の「美しさ」という言葉は、現代の私たちの考える美しさよりも少し広い意味で用いられていて「すばらしさ」という意味に近い。
ところで、当時のギリシャ社会では同性愛が一般的だった。年長の男性が、少年の教育を引き受けていたからで、一定の教育の期間にそういう関係になることが普通だった。ちなみにプラトンも同性愛者で、一生涯独身を通したことはけっこう有名な話。
こうした事実が不謹慎なものと思われることもあるけれど、エロスの問題を考えるときにはとても重要なことだ。ギリシャ社会には、必ずエロスの方向が正しい対象に向かうように助ける教育者がいた。エロスとは単なる肉体的な欲望のことではない。この事実を知ってはじめて、肉体の美から魂の美へと移行するエロスの連続性が具体的に理解できるようになってくる。
著者は、美はエロスをかきたてるものであると同時に、エロスのおかげで身につけられるものであると説く。「少年は、すばらしい師であってエロスをかきたてられる。そして、そのことによって愛する師にふさわしい人間になろうとし、自分もすばらしい人間になる。美とエロスの相互作用によって、新たな美が生まれる」と説明するのだ。
少年の美だけではない。美しいものを見たときに、私たちはそれを愛する人にも見せたいと思うはずだ。ダンサーの美しい肉体に惹かれたり、素晴らしい芸術に感動しても、それを共有できる相手がいなければ退屈だろう。そんなときにこそ、美学が役立つことを著者は古今東西の思想と芸術を取り上げながら語ってくれる。
『なぜ人は美を求めるのか 生き方としての美学入門』ナカニシヤ出版
小穴晶子/著